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「君が収入を得なければならないほど、生活費が足りないことはない。欲しい物は俺に言うことになってるだろ。欲しい物があるなら言ってくれ」
「そういうわけじゃないんです。ただ、せっかくこの機会をくださったんですし、出してみたいんです」
「優、君の仕事は家事だ。本業に差し支えるようなことはしないってなっただろ」
「家事はちゃんとやりますから」
氷見野は必死に懇願する。
「君が本を出す必要はないよ。今の生活にメリットはない。俺はそう思う」
夫は優しく諭す。
「君は優秀だ。他にうつつを抜かして、家事をおろそかにしてほしくない」
氷見野の表情は影を落とす。
「君と俺は両立できるほど器用じゃない。これからも、家のことは君に任せたい」
氷見野は次いで出てくる言葉を探していた。
「もういいかな」
夫は笑みを浮かべて終わりを提案する。テーブルの下で氷見野の手が拳を作り、握りしめられた。影に隠れた気持ちに蓋をし、蛍光灯の光に当たる氷見野の顔は穏やかな顔になる。
「……はい! ありがとうございます」
氷見野は満面の笑みでそう答える。張り詰めた空気が嘘のように、食事が再開された。
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