平和は唐突に崩壊する

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 周りはどこもかしこも熱の層が流れていた。  今にも溶けてしまいそうな顔が、街のいたるところで叫びたがっている。  快適な環境にいられるのは、暑さの元凶から逃れられる屋内だけ。高性能な空調管理機械を各建物に設置していなければ、この暑さをやり過ごすことは厳しい。  法師も心頭滅却(しんとうめっきゃく)なんちゃらかんちゃらと口が回らないはずだ。文明の利器がなければ、人々はまともに健康を保てないこのご時世。健やかな生命を育んでいる人類とは違い、花たちは炎天下の庭先にいる。  家事を一段落させた氷見野優(ひみのゆう)は、大きな窓を開け、花の飾りをつけたサンダルを履いて小さな庭に下りた。  ホースの口につけられたシャワーヘッドを持ったまま、きゅっきゅと音を鳴らす蛇口をひねっていく。  蛇口のハンドルからも水が染み出てくる。手を軽く払って冷たい水を落とす。  花の下にシャワーヘッドの先を向け、トリガーを軽く引いた。  いくつもの細い水が光を反射して放物線を描く。鮮やかに咲いている向日葵は、驚異的な熱を放射する太陽に負けないようにと、にらめっこをし続けている。こんな息詰まる気候にもかかわらず、綺麗に咲き誇る花たちを見ることが、氷見野の安らぎであり、元気を貰える象徴だった。
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