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村にたった一軒の、古びた食堂。チドリはそこの看板娘だ。サオリンよりも五つほど年が増していて、適齢期真っ最中。勇者ユウトの婚約者になる野望を抱き、何かにつけてヒロインに難癖つけてくる。正ヒロインの座を狙う準ヒロイン的存在だ。
(あ~、またチドリさんが来たのね)
思い出してみれば、同じシーンが何度も繰り返してきた、そんな気がしてしまう。サオリンは心中うんざりする。それでも、正ヒロインは常に朗らかに振る舞う事がこの異世界では求められている。余計なセリフを口走ろうとしても、なぜか自然と躊躇してしまうのだ。サオリンも忠実に自分の役目を演じることにした。
「どうかしたのかしら?」
わざと不思議そうに瞳をぱちくりさせる。しかし、チドリのセリフなどとっくに分かっていた。サオリンのパンが人気があるために、食堂に寄り付く村人が減っていることへの、いわゆる抗議のエピドードである。それに対するセリフも既に用意されている。サオリンとしては、台本通りに演じれば問題は無かった。招かれざる女を適当にあしらわんとする。
しかしである。
チドリの発言は、サオリンにとって聞き捨てならないモノだった。
「アンタの処にいるキツネモドキ。アレがうちの芋畑を荒らしていたのよ!」
「えっ、ヒューイが?」
絶句した。口をポカンと開けたサオリンに、チドリの激しいクレームは続く。
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