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看板娘チドリは勇者が居ないところでは、酷く口が悪い事でも有名だった。一方のサオリンは、喧嘩が苦手と設定されている。長いスカートをぎゅっと握ったまま俯いているのが精一杯だ。散々に悪態ついたチドリは、ヒロインを打ち負かしても、尚満足いかない様子だった。
「覚えておきなよ。このままで済むと思うなよ!
捨て台詞を乱暴に吐き、店を去っていった。
「ふう」
一体、今のエピソードは何だったのだろうか?
もうじき勇者の物語は終わりを迎えるというにも拘わらず、経験したことの無い状況に出くわした為に、一気に疲れが押し寄せてくる。サオリンはカウンターのイスに腰を下ろした。間もなくして、小さな鈴がカランコロンと鳴る。同時に店の扉が少しだけ開いた。もしかして、またチドリが引き返して来たのではないか、と少女の身体はビクッと強ばる。客への挨拶も忘れ、恐る恐る視線を向けてみれば、不思議なことに誰の姿も見あたらない。
(あら?)
首を傾げるサオリン。
「ただいまー」
と甲高い声だけが届いてきた。その瞬間、サオリンの顔に、花が咲いたかの様な笑顔が戻った。イスから立ち上がり、視界を広げる。ドアの真下には、一匹の小動物がちょこんと行儀良く座っていた。
ヒューイだ。たまらずサオリンは駆け寄る。ヒューイを両手で抱えた。
「おかえりなさい。ヒューイ」
キツネに似た小動物は、とても賢かった。僅かに緊張したサオリンの声に過敏に反応を示してきた。
「・・・・・・サオリン? 何かあったの?」
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