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されども、自分から望んでヒロインになった訳でも無い。前もって用意されたセリフを勝手に言わされているだけ。勇者ユウトへの想いも同じだ。本心から彼を慕っていたことなど一度たりとも無い。
ならば、いっそのこと潔く異世界から『卒業』してしまえば良い。現世にいる時にアプリを丸ごと削除してしまえば、きっと夢の中でサオリンを演じる事もなくなるだろう。
しかし、佐緒里は卒業を選ばずじまい。既に七回も《転生アタック》を遂行してまで、此の奇妙な異世界に留まり続けていた。
何故か?
サオリンは口を閉じる。疑問を抱く度に、敢えて答えを明らかにしない様に努めていた。
ただこのままで居たい。この異世界に留まり続けていたい……。
そう切に願っている。それだけだ。
やがて、日が暮れる。一日が終わりを告げようとしていた。店の片づけをしながら、ふとサオリンは窓から外を眺める。遠い屋根の上を疾走している小さな動物が目に映った。
ヒューイだ。
サオリンは口笛を吹いた。時置かずして小さなキツネはサオリンの元へと帰ってきた。サオリンは笑みを浮かべてヒューイを抱き抱える。
「おかえりなさい。」
「ただいま、サオリン」
就寝前、サオリンはヒューイに紅茶を煎れて上げることが日課だった。ヒューイは、ミルクティーとジャムパンを残さず平らげた。サオリンは優しい口調でキツネに語りかけた。
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