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とはいえ、正直、佐緒里はマロン村の行く末など興味は無かった。勇者ユウトの登場を待ちわびるだけで、自ら武器を持って立ち上がらない村人たちにも愛想をつかせている。ただ、現世の佐緒里がこのまま手をこまねいていれば間違いなく失ってしまうのだ。
サオリンとヒューイとの穏やかな生活が……。
居心地の良い居場所が……。
佐緒里は唇を噛みしめる。今度は絶対に仕損じてはならないと自身に戒める。
指定された時刻に。
いよいよ《転生アタック》ミッションが始まった。
明け方の倉庫街の道路は酷く閑散としていた。依然として、白い霧が掛かって多少視界が悪いが、余計な通行人も車両も皆無。思った以上にミッションを遂行するための状況は良い。ただ一つだけ気になった事は、
(こんな倉庫街に転生候補者が現れるのかしら?)
アプリの指示通りに動いているものの、多少不安を覚えてくる。いかんせん、夜明け前の寂しげな倉庫街である。そう云えば、昔、此処でドライビングの練習を仲間たちと繰り返した事があった。つい懐かしさを覚えながらも、彼女の視線は絶えずアプリ画面と前方を交互に注いでいる。
誰も現れなかったら?
白い霧に視界を遮られ、ターゲットを見失ってしまったら?
そう考えるだけで佐緒里の気持ちは焦りがつのるばかりだ。
運転席のウィンドを下げる。流れ込んできた冷気が頬を掠めてきた。一本だけ吸おうかとタバコに手を差し伸ばす、その時だった。
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