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第3章ももジュース
「先生、次の原稿はどうですか?」
「ん~、まあそこそこ進んでますよ」
夜の8時、杏はひたすらキーボードを叩いている。
「すいません、先生打ち合わせで疲れていますよね?」
手帳を見ながら彼は原稿に目を通す。
「桃山君、手帳見るか原稿見るかどっちかにしたら?」
「え? あ、すいません」
桃山は手帳を閉じ、両手で原稿を持つ。
「それにしても、先生が原稿用紙で書かれるのは珍しいですね」
「ああ、今回は何となく」
杏はノートパソコンを閉じソファーに倒れる。
一方、桃山は原稿を読んであることに気づく。
「先生……」
「何? 何か引っかかる?」
「いや、そうではないんですけど……先生がこういうジャンルを書かれるのが意外だなって……」
少し驚いた表情をする桃山にくすっと笑ってしまう。
「私だって感動する話ばかり描くと思うなよ。桃山君はどうなのよ?」
「どうって……」
「こういう話、嫌い?」
いつもと違う雰囲気の杏に桃山は頬を赤らめる。
「いや、き、嫌いではないですよ。でも……」
頭を掻きながら俯く桃山に杏は意地悪な笑みを浮かべる。
「じゃあさ、もしもの話だけどさ私と桃山君はお付き合いしています。しかし、桃山君は結婚しています。さあ、どうする? 私を取るか奥さんを取るか」
「え? そ、それは……」
「私を捨てるの?」
「それは違います! 先生を捨てるなんて」
桃山は必死になり、思わず杏の腕を掴む。
その姿を見た杏は声に出して笑い出す。
「冗談だよ冗談! 本気になっちゃって……」
「わ、分かってますよ。冗談だって……お、俺帰りますね。原稿お疲れ様でした」
慌てて立ち上がり玄関に向かう桃山に杏は笑いながらついていく。
「大丈夫大丈夫。浮気や不倫したくない人なんて私見たことないもん」
「だから、そういうことじゃ……」
耳まで赤い桃山はドアを開ける。
「桃山君」
「何ですか!」
杏は壁にもたれると腕組みをする。
「ありがとう。私を捨てないでくれて」
「あ……し、失礼します」
桃山は言葉が出ずそのまま走っていった。
「……若いなぁ」
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