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膝を抱えてどれくらい経っただろうか。空腹がやってきて、胃を押しつぶしていく。喉の渇きもひどく、家に帰って冷たいスポーツドリンクをがぶがぶと飲みたかった。渇きはひどいくせにトイレに行きたくなるから不思議だった。おしっこが飲めたらいいのに、と思ったが、実行する気にはなれなかった。
車の中を手が届く範囲で漁って見たが、あとは兄のスマホが出てきただけだった。兄のスマホは使いすぎのせいでじきに充電が切れるだろう。同じく圏外だったため、使い道はない。
電話も繋がらない。かといってここから歩いて脱出する勇気もない。森は人の世界じゃない。ここにいることが唯一、人の世界のものである道路という存在とつながっていられる気がした。
膝を抱えて祈る。これは夢だ。これは夢なんだ、と。目が覚めればいつもの日常がやってくる、と。大好きな両親とちょっと意地悪だけどやっぱり優しい兄との日常が。
おいしいご飯と暖かいお家があって、楽しい学校があって、苦手な勉強があって。
「…寂しいよ」
喉の渇きや空腹よりもここに独りでいることのほうがずっとつらかった。
「…どうして、わたしを置いて逝ったの…」
長い長い時間が経って空が暗くなってきた。
また夜がやって来る。
夜は恐怖の時間だった。空が茜に染まって行き、夜が訪れる。暗くなれば視界はほとんどきかない。その恐怖の中の物音は心臓が飛び出るくらい怖かった。
ーーーー幼子。幼子。
声が聞こえた。
え、と顔を上げた。最初、お父さんの声かと思ったせいだ。
お父さん、と呼びかけて周囲を見回すが、父は相変わらず車の中だ。
空耳かな、と思ったが、再び、幼子、と声がした。
ーーーーこちらだ。幼子。
振り向くと草むらの中に小さな木造りの祠のようなものを見つけた。ゆっくり立ち上がり、祠に歩み寄る。祠は大きくはなく、自分の身長よりも小さかった。ずっと昔に作られたものらしく、木はところどころ朽ちて痛んでおり、そこに蔦が巻きついていた。
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