一話 オールドローズ

3/7
343人が本棚に入れています
本棚に追加
/39
傍から見れば女の行動は愚かに見えるだろう。どうしようもない状態でも行動せねば何も変わらない。留まれば留まるほど泥沼と化していく。 だが冬という季節が、雪という現象が。 「……」 心まで凍てつかせて女の思考を麻痺させる。 呼吸をする度に、諦観に満ち満ちていく。 もはやこのまま、この銀の世界の中で埋もれて死んでしまおうか。 そんな気分にすらさせる。それが冬の夜なのだ。 「よお、何か困っているのか。俺でよければ手を貸すが」 だからその日、その夜、その時。 女が風変わりな男に出逢ったのは美しく冷たい夜が起こした小さな奇跡だった。 一晩過ぎて、目覚めた女が居たのは小さな宿だった。バルーンレースのカーテンから朝日が漏れている。寝台は硬く、部屋の中は何かの食べ物の匂いで満ちていた。頭を起こして状況を確認する。女の琥珀色の髪がさらりと音を立てた。白い指がシーツを掻く。自分に幾重にも巻かれた毛布から拘束を解くのに少し時間がかかった。 まだぼんやりとした視界で左右に首を動かし室内を観察すると色々なことがわかった。簡素な部屋だ。掃除は行き届いているが数日間も滞在して楽しむような宿ではない。素泊まりの旅人向けの作りだ。食べ物の匂いはこの一室にある唯一の卓の上に置かれたミートパイの匂いだった。円形のパイが一ピースだけ残されて後は綺麗に食べられている。自分は食べた記憶がないからこの宿に女を寝かせた誰かの痕跡だ。 その人はすぐ見つかった。部屋の長椅子で寒そうに毛布にくるまって蓑虫のようになっていた。黒髪が毛布の隙間から見えている。女はぼんやりと昨夜のことを思い出す。立ち往生していた冬のあの道で、声をかけてくれた男は夜の色の髪をしていた。きっとこの蓑虫になっている男が声をかけてくれたのだ。男は近くの街から助けを呼んでやるから待っていろと言ってその場を離れた。彼を待つ内に、女は意識を失ってしまったのだ。 待っている間、たぶん男は二度と目の前に現れないだろうと女は思っていた。 世の中を、というか男性という存在をあまり信用していなかった。  一応、自分の下着を確認したが何かをされたような形跡は無い。 ――久しぶりに、普通に良い男性と出会ったのかも。  蓑虫の男をぼんやり眺めながら、そう思った朝だった。
/39

最初のコメントを投稿しよう!