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ここら一帯での贅沢といえばせいぜいが気の抜けた発泡酒、欠損して横領もできない『鉢植え』くらいなもので、ふらりと入った街のパブの傷んだカウンターで散乱した色付きガラスの山を見つけたときは飛び上がるほど喜んだ。
まぁ、無理な話だったけど。
「ねえ、乗ってみたくない、飛行機って……」
《司書》がそんな誘いをふっかけて来たのは、三日前のこと。日焼けし損ねたように病的に漂白された童顔をアルコールが足りないと言わんばかりの仏頂面で上塗りしながら、ピックアップトラックの荷台の端でブーツをぶらぶら。酸味マシマシのひどい臭いをまき散らす色付きガラス瓶の口にボロ布をねじ込むかたわら、へたくそな口笛なんて吹いている。本来なら雄大に響いたはずのメロディを間抜けな感じにズタズタにされているそれは、たぶん映画音楽の類だろう。
「あんたのことだから、どうせロクなもんじゃあないんでしょう」
一日一缶ルールの医療用栄養液のずんぐりした輪郭にこびりついた砂泥に、息を吹きかける。こびりついた砂は手強い。ましてやテキサスの荒れ地から吹き付けられたそれは、手でこすっても落ちるかどうか、というところだろう。
早々に諦めた首はコテン、と横に倒れた。視界が九十度の回転。憎たらしい青い空は左へ、砂塵だらけのトラックの荷台の表面は右の視界を埋め尽くす。
「ヒコウキって、あれでしょ。空、飛ぶんでしょ……」
《司書》は首を傾げて、
「そうだよ、開発者。プロペラだったり、ジェットエンジンだったり。ブォォォンって飛ぶの。きっとロズウェルあたりまで足を伸ばせば、飛行場だって見つかるだろうし。わたし、セスナっていうのに乗りたいの」
「そういうことを聞いてるんじゃなくて……ほら、あれでしょう。再誕日からもうすぐ三年になるんだから、間違いなく安全基準が意味を為さないほどガタついてる。誰もいるわけないんだから整備なんてこれっぽっちもされてやしない。もし奇跡的に飛べたとしても、墜落待ったなしってわけで」
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