#1 バッドランド

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抗議の声をあげる(わたし)に、引っこ抜いたばかりのイヤホンをぶら下げた《司書》は声をひそめて、 「吠え声が聞こえた。食肉目に近いけど、ちょっと違った」 「違ったって、なにが……」 「わたしの歌を歌ってた。たぶん『ぴゅーまさん』、しかも群れてるみたい。ここを出よう、今シートベルトするからね……」  “それは美しき嘘(It’s a beautiful lie)……それは完全なる否認(It's the perfect denial)……信じるに足る美しき偽り(Such a beautiful lie to believe in)……” さっきまで《司書》のへたくそな唇が乗せていたメロディの断片(フラグメント)が、獣の響きとともに荒れ地(バッドランド)を震わせる。サーティーセカンズトゥマーズの「A Beautiful Lie」。その歌声はまるで、遠吠えのように。内心で舌打ちしつつ、顎の下へシートベルトが通されるのを絞首刑を受ける罪人のように受け入れる。フロントガラスから見える陽は傾きつつあった。
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