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耳にはまぶたが無い、とだれかが言った。
音楽の戦争利用。御使たちのラッパなんてなくても音楽はひとを殺せる、ということ。
機関銃の奏でる音は、雷管が針に叩かれて火薬が空気を無理やり膨張させた結果としての破裂音は、実のところ驚くほどあっけない。首はこの音のそういうところが恐ろしかった。戦場の奏でる音楽の単調さが恐ろしかった。こんなあっけない音の連続を聴きながら、死ぬことになるのだろうという予感。その単調さが鼓膜に貼り付いている。
近代兵器を用いた大量殺戮の音。同時に築かれる徴兵された者の末路としての肉塊たち。それらを前にして恐怖する「戦士」無き均一化された兵士たち。その時にあった音楽は、兵隊に死の恐怖への克服を吹き込み、美化するものへと変わった。
あなたが肉塊になっても、あなたの国は生き続けるのだから。そういうイデオロギーをクラシックに織り込んで、息を引き取る瞬間の涙を飲み干せるように。
音楽は凶器だった。かつてホロコーストに積極的に加担した唯一の芸術として、歩きにくい木靴や豆のできた足で行進する労働部隊へ歩調を合わすために鞭打った時も、捕らえられた脱走者たちを先導しながら処刑の伴奏を行った時も、楽団員への拷問として収容所の中庭で夜通し歌わされ死んだ時も。トレブリンカで、アウシュビッツで、そして大戦後のグアンタナモやアブグレイブで。音楽それ自体がひとつの権力であること、わたしたちはその特権の前で殺到する音に強姦されることはいまさら否定しようがなかった。
音楽への憎しみ。音楽に潜んだ殺戮のメロディ。
ヒトが有史以前よりその暴力的な旋律と共にあったというのなら、ヒトが終わる時の音楽は。再誕日の音は、どんな音色だったのか。もしその日に人類の今際の際の意識に降り注いだメロディが、どうしようもないほどの単調さだったとしたら。
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