サングラスと懐中電灯

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「得意なものは」。そう尋ねられたなら内田景生(うちだかげお)は「暗闇」と即答する。「苦手なものは」と聞かれたのなら、「光」と答える。  景生は自他共に認める平凡な人間だが、一つだけ人とは違う点がある。それは暗闇の中であっても大変に眼が利くことだ。完全に光を遮った空間でも輪郭どころか色彩まで明瞭に認識することができる。それだけを切り取れば特殊能力といってもいい程だが、その能力はそれ単独だけでは働かない才能だった。 暗闇では高性能の景生の眼は半面、光の中ではまったく使えない代物といっていい。明るい場所にあっては目がくらみ、昼盲症と違って薄暮の中でもサングラスなしでは歩くこともままならない。幼少期に景生の目の特殊性に気が付いた両親は、医者に相談したが、手術の失敗による失明の確率の高さと、正確には病気とよばれるものではないのだとの説明をされた。結果、積極的な治療や施術を受けることなく景生の目は生まれつきの状態を保ったまま二十代後半の現在に至っている。  幼少の時から、景生は昼間の外出時だけでなく、明るい室内でも保護眼鏡をかけた。景生にとっては保護眼鏡だが、世間一般ではサングラスというものだった。紫外線の特別強いわけではない環境にあって、サングラスを春夏秋冬、朝から晩までかけた少年というのは景生の周りには彼以外に存在せず、からかいの標的になりやすかった。景生が勝気で活発な少年であったなら、からかいをものともせず、堂々と振る舞うこともできただろうが、内向的な性分のお陰で相手の態度もエスカレートすることが多く、明るい場所で突き倒されたり、足をかけられて転ばされたり、時にはサングラスを隠されたりしたこともあった。 学校の外では、事情を理解しない大人から難癖をつけられることがしょっちゅうあり、これは子供同士のトラブル以上に、景生を傷付けた。  進学校である高校に入ると、頭の中が「受験」で占められた同級生たちには、他人の外見をあてこするような暇はなかった様で、景生はたまに陰口を叩かれるぐらいのことはあっても、比較的平穏な高校生活を送った。 大学に合格後はキャンパス内での似合わないサングラス姿もダサいの一言で片付けられ、特に目立つことのない一学生として学生生活を過ごした。
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