サングラスと懐中電灯

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 奇妙な体質ではあっても、景生と同じ能力をもつ先達は僅かながら存在する。暗闇の中でも見える。その能力が生かせる職業は確かにあったし、景生も人生の指針を定めるためにそういった情報は随分と集めた。しかし、新聞の記事や雑誌の特集、ノンフィクションの伝記や、ドキュメンタリーで扱われた人々の職業といったら、軍人や特殊部隊や冒険家、落盤や酸欠の恐れがある閉鎖された空間での作業員や過酷な状況下で研究対象を採取する科学者といった大いに危険を孕むものだった。眼の能力が役に立ったというエピソードは登場するものの、人並みに臆病な景生からすると彼彼女らは命知らずな人間ばかりで、その職業に就いたのはむしろ他の資質によるものにしか思えなかった。  結局、景生は就職に眼の特性を活かすことはしなかった。幸い、就職活動を始めた頃には、社会的に景生のような特異な症状に対しての理解がある程度は進んでいた。おかげでデスクワークには問題がないと判断され、景生は無事、ウェブ運営会社に就職した。入社したての時はかたくなにサングラスを外さない景生に妙なものを見るような目が向けられたが、一旦、景生の特異体質と人柄が周知されると、その姿は社内の風景に紛れた。同じ部署に新しく社員が配属されたり、同僚と昼間に外出した時に多少気まずい場面はあったものの、景生はそれなりに平和な職場環境を享受していた。  会社から帰った後や休日は、もっぱら厚いカーテンで閉ざされた照明が一つもない自宅に引きこもり、音楽を聴いたり、小説を読んだりしていた。昼間は出歩いても目を傷めるばかりだし、夕暮れ以降でも街のネオンの光は強く、サングラスのせいで妙なのに絡まれることも多かった。身体的なことに限れば車や住宅の少ない路の真夜中の散歩は心地の良いものだったが、パトロール中の巡査に見つかれば必ずといっていい程職務質問され、その足も遠のいた。  そうして、景生の特殊能力は自宅の照明代の節約にのみ使われた。
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