サングラスと懐中電灯

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 それは素晴らしい、新月の夜だった。一月半ばの寒気で雨戸を閉め切った家が多く、お陰で 住宅の窓から漏れる光も僅かで、景生の目に優しい暗闇が広がっていた。  贔屓にしている街灯の少ない道を歩いていると、景生の前方に、懐中電灯で進行方向を照らす若い女性の後ろ姿があった。 ひと際暗い道であり、懐中電灯を頼りにする道理はわかるのだが、正直、景生にとってその明かりは少なからずうるさいものだった。明かりを視界から外すため視線をスライドしようとした時、女性の足取りが妙におぼつかないことに気付いた。  どこか怪我をしているようでもないが。と、景生が思った途端、前方の女性はアスファルトの窪みに足をとられて見事にすっ転びバッグの中身を周囲にまき散らした。女性はすぐに膝立ちの状態で懐中電灯を掴み、荷物を探し始めたが、その作業ははかどらない様子だった。景生は足元まで飛んできた小銭から始めて、USBメモリー、スマートフォン、財布と拾っていき、ようやくハンカチを見つけた女性に近づくと、「これ…」と声をかけた。それまで景生の存在にまったく気が付いていなかったであろう、驚いた様子で振り返った女性に拾った物を手渡すと前方向に跳んで行った荷物も拾ってやる。結局、懐中電灯とハンカチ以外の荷物は全て景生が回収した。  手渡された物をバッグに入れる女性は大変恐縮した様子だった。 「ありがとうございますっ」 「これで、拾い忘れてるものないですか」 「えっと、あの…」 懐中電灯を当てながらバッグの中をかき回した後、女性は困った表情で景生に顔を向けた。  一瞬だった。  景生は彼女の黒目がちの瞳の中にきらきらとした光の粒をはっきりと見た、気がした。それから、気持ち悪いぐらい胸が焼けるような感覚がした。久しぶりの感覚だった。 「暗くて中がよく見えなくて、全部拾えたかどうか、わからないです」 暗闇の中で、ここまでまじまじと見られているとは思ってもいないだろう彼女が言った。景生の赤くなった顔も闇夜のお陰で彼女にはばれずに済んでいるだろう。
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