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『・・・・・・覚えて、ないの?』
犬は悲しそうに咲子に尋ねる。
咲子はその問いにも首を横に振った。
「覚えてるよ、もちろん・・・・・・でもね」
『うん』
「覚えておくのが辛い、とも思うの」
『うん、そう、だよね』
犬は咲子の元へと近づいていく。
『だけど、覚えていて。もちろん悲しい思い出だけど、でもそれも咲子の思い出だから』
咲子はその言葉に、犬に触れるように手を伸ばす。
犬が包まれている光は暖かく感じられた。
『咲子が生まれてから一緒には過ごせなくなったあの日までのこと、僕はいつまでも覚えているから。大切に覚えているから』
『だから、咲子も今日までのこと、そして未来のことも大切に覚えていて。きっといつか全てのことが大切に思える時が来るから』
『大丈夫、見守っているよ』
その声が聞こえた時、犬も、これまでの置物たちも微笑んだように見えた。
そして、咲子が覚えている父の顔が、笑顔が、咲子の思い出を包み込むように脳裏に浮かんだ。
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