【本編】

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旅のお方。貴方様はわたくし供のご忠告をお聞きになりませんでした。お怪我はないか。お嬢様がつきやくではないか。このように何度もお聞きしたにも拘らず無視なされたのですから、気の毒なことではありますけれど、自業自得というしかございませぬ。わたくし供は貴方様がお着きになられたときから血の匂いを気にしておりました。炬燵様が騒ぐのに気づいておりました。年頃の娘様のことを全て知っているということはむつかしいことであったとは思いますが、しかしそれは詮なきことです。わたくし供にはどうすることもできませぬ。 お嬢様が炬燵様に身を預けてしまわれたことは、貴方様にとっては残念なことでしょう。炬燵様は海の中で大鯨の血を吸って生きております。十間ほどある大鯨であれば、炬燵様に血を吸われましても大した支障はないでせうが、ちっぽけな人間にすれば話は別でございます。一度血を吸った炬燵様は人の身体から全ての血を吸い尽くすまで止めませぬ。お嬢様は炬燵様に身を捧げられたと、それは幸せなことだ、と諦めになってくだされ。お嬢様は帰って来ませぬ。萎れた身体は村の者とちゃんと荼毘に付しますので、心配はいりませぬ。ですから明朝になりましたら、元よりお決めになっていたように、荷物をおまとめになって里へ戻りなさい。春を過ぎるまでこの村へは来てはなりませぬ。炬燵様は似た味の血を再び欲しまする。貴方様の血をです。もし来春、この炬燵様が朽ちれば、また御御足を運ばれることを止める理由はございませぬが。 今晩は、お布団でお休みになることをお勧めいたします。炬燵で寝ると風邪を引くと申します。風邪で済むとは貴方様もお考えになっていないと思いますが。それではおやすみなさいませ。
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