【本編】

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わたくし供にとって炬燵様というものは大変畏れ多いものでありまして、寒さの堪える冬の山村において、心身ともに暖めてくださる炬燵様を、村の者たちは代々仏様のように崇め奉っております。 貴方様がお里でお使いになられる炬燵というものは四本の脚が天板に引っ付いていて、厚手の布を被せ中で火を炊くものが、それでありましょう。まるで心臓の燃ゆる獣のようなものでありましょう。しかしわたくしたちが炬燵様とお呼びしているのは、そんな畜生と大差ないものでは御座りませぬ。先に居間でご覧いただいた通り、絵にも描けぬまこと美しきものでございます。身体だけではなく心までも暖めてくださる大層ありがたきものでございます。 夏が終わり青瓢が丸々と実る頃になりますと、村の若い衆が山を降りてゆきます。村に残ったもの達はお不動様の所にこもりまして、一月の間、塩と米を断ち、若い衆と炬燵様が無事に戻られるのを祈念いたします。山を下った若い衆は御然川を辿りましてやがて海へと至ります。海に着いた若い衆は漁夫の方に船を一艘借り、手には葛糸で編んだ大きな網と牡鹿の角でこさえた槍を持ちまして、真新しい褌一丁で海へ繰り出すのです。 この時期になりますと南から大風がやって参りまして、容易にはゆきませぬ。十年前なぞは海へ出た若い衆五人がふた月過ぎても帰って来ず、しばらくして官吏のお方がお越しになって、皆が溺れ死んでしまったことをお伝えくださりました。それはそれは哀しい出来事ではございましたが、これも千本針で身を刺すような山村の寒さを越えるためには必要なのでございます。
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