【本編】

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さて数時間かかりで重い網を揚げますといよいよ炬燵様が目の前に御姿を現しになります。網の中には十ほどの透明の塊が詰まっております。それは天辺が平らな半月型をしております。いえ、決して海月などではございませぬ。海月というものは、ただ波のなすがままに漂うだけの存在でございますが、炬燵様はそうではございませぬ。貴方様にしてみれば、ただ大きな海月であると、越前の方ではそれくらいの大きな海月がいると聴いている、と仰るかもしれませぬ。しかし決して海月ではございませぬ。それは今からお話しすることを聴けばきっとご納得いただけると信じておりまする。 若い衆はこれを何度か繰り返しまして、村の世帯に行き渡るだけの数の炬燵様を獲り終わりますと、陸へと戻ります。炬燵様は一つ五〇貫ほどございますから、四〇ほどの炬燵様をそのまま村へ運ぶというのは土台無理な話でございます。ですから陸に着きましたら、まず炬燵様を塩と酒で清めまして天日で干しまする。しばらくすると段々とお身体が縮んで参ります。十日もしますと人独りで運べるほど小さくなられますので、全てをまとめて縄で縛り、馬に乗せて村へと帰る準備を致します。この間にあっても血を流してはなりません。 若い衆が戻ってくる頃合いになりますと村に残った者たちは野猪を狩りに参ります。狩った野猪は若い衆と炬燵様がお戻りになるまで生かしておきます。帰って来てから狩っていては間に合わないのでございます。炬燵様がお戻りになられたら間を開けずにやらねばならぬことがあるからでございます。 さて炬燵様がお戻りになったらば野猪を締めまして、生き血を炬燵様に捧げます。多くの血が必要なのです。濁った氷のように固く小さくなっていた炬燵様は野猪の血を吸いますと、みるみるうちに元の大きさまで戻ります。しかもにわかに熱を帯び始めまして、これは次の春まで暖かさが続くのでございます。天辺は平らでございますから、物を置くことには大変都合が良いのです。中から熱を発しておりますので、襞に身体を突っ込みますと大変暖かいのでございます。貴方様のお里でいう炬燵と全く変わらないのでございます。しかしわたくし達はこの不思議な炬燵様を物とは考えておりませぬ。感謝と畏敬の心をひと時も忘れたことはございませぬ。
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