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 嫌な夢だった。  床も壁も真っ赤に染まって、その真ん中にある肉の塊が、ずるりずるりと近づいてくる。声をあげようにも喉が詰まる。目をそらしたくても首がまわらず、瞼も閉じない。ただじっと、迫ってくる物を見つめ続けるしかない。  悪夢から開放されて目覚めれば、体がしっとりと汗で湿っていて気持ち悪い。  体を起こし風呂場に向い、ほんのり暖かい残り湯を体にかけて汗を流した。  今日の天気を気にかけながら、外を確認する。  建物が密集していて窓を開けても、手の届くすぐそこには隣の建物の壁がある。  一階の部屋ゆえに、視界を遮っている壁とのわずかな隙間に頭を突き出して、細長い空を見る。  日当たりなど、これっぽっちも考えられていない部屋の間取りは、六畳一間と台所にトイレと風呂が付いている。  半世紀近く前に立てられた木造アパートの魅力は、その安い家賃だけ。  高校卒業と同時に、戸田直樹は介護施設に就職し、一人暮らしを始めて二年たった。  高卒の介護職では高給は望めない。生活はギリギリだ。  部屋には、必要最低限の生活用具だけ。それも全部リサイクルショップで買い求めた。  狭い部屋とは対象的な大きな体を小さく折り畳むようにして、直樹は再び蒲団の中にもぐりこんだ。  しばらくするとドアを叩く音がした。  外に立っているのが誰なのか見当がついている。  逸る心とは裏腹に、体をゆっくりと起こし扉を開けた。 「おはよう、って言っても、もう昼なんだけど。もしかして夜勤だった?」  外に立っていたのは市瀬智明。  昔は相手を見上げていたのに、いつのまにか、見下ろすまでに直樹は成長してしまった。 「ごめん、寝てたんなら、帰るよ」  申し訳無さそうな顔をして詫びる市瀬は直樹より十歳年上だというのに、童顔のせいかその物腰のせいか、年齢差を感じない。 「いや、もう起きるから」と、相手を引き留める。 「食事にいこう。奢るよ」と、市瀬が昔と変わらぬ笑顔を向けてくる。  直樹は視線をそらし、着替えるために踵を返した。
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