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彼は、自分の助手を務める女性の名前を、呼んだ。
彼女はコトンと頭を倒し、瞼を閉じて、呼びかけに応じる様子もない。
意識を失っているようだ。
笹内は深く嘆息した。
「また……ついて行ってしまったんだね?」
魑魅魍魎はまだ良いとして、悪鬼や悪霊、その還るところへ、彼の助手は、しばしば興味を示し過ぎるきらいがある。
高見香緒里。
枝毛一本なさそうな長い黒髪を下ろした、華奢な、傍目には物静かそうなお嬢さんだ。
まだ二十歳にもならない。呪術に関しては、特別な修養を積んだわけではない一般女性だが、山陽地方に構えた笹内の小さな占事務所の、事務員として働いてもらっている。
彼女は、笹内の所属する一門、「裏正流」の周縁においては特に、《屍食鬼の花嫁》と呼ばれていた。
その名の通りの過去がある。
彼女は人間だが、かつて、人を殺して食らう、餓鬼の少年と純愛に堕ちた。
だけではない。
そもそも、彼女が、事故で亡くした少年を呼び戻すために、何の修行もしない身にもかかわらず、術式を用いたのだ。
そんなことをすれば、並の人間なら、目的外の扉を開いてしまい、迷い鬼たちに食われるか、うつわとして利用されるか。間違いなく目的の死者をよみがえらせることができたところで、生前の記憶が朧と化した死者に、やはり食われるか。といったところだっただろう。
しかし、死肉をあさる鬼と化した死者は、元恋人の香緒里に対してだけ、人の理性を保ち続けた。
最終的に、陸、という名の少年の引導は、笹内が渡すことになったのだが、その縁で、残された《花嫁》をも引き取ることになり――
と、美談のように語っておしまいにするわけにはいかない。
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