番外編① 奈落に響くうた

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 彼女の声は声にならず、一度地に落ちる。  まるで落花のように。重さのない吐息が。  ――それは、意思。  肺の中に詰まっていた夢の余韻が大気中に溶けてゆき、空洞となった肺に、するすると夜陰が忍び入る。  人間の身体の、ソトとウチが接続する。あわいはひどく曖昧だ。  喉から立ち上がった、掠れた響きは、笹内に向かってくることなく、むしろ避けるように、夜闇のさらなる影を求めてさまよい出るように。  葉裏を隠れ飛ぶ蛍にも似て、ほのかに光明を帯びるような、彼女の声は、歌をかたどった。      あの丘にひとりをりたし      泣き声を溢れさせたし      さらば涙はいつまでも水車をまはし流れむを  罅割れた高音は、まるで小さな子が泣いているかのような、頼りない響きを引き摺る。  本来のキーではない音に、背伸びをして到達しようとするような。  本来の母語にない響きの輪郭を、自信なげになぞってみせるような。  それは拙い、けれど歌だ。
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