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学生時代、合唱部に所属していたという彼女は、この曲ではないが、以前からよくいろいろな歌を口ずさんでいた。
入院中のベッドで。事務所の窓辺で。見回り中の夜道で。
小さな声で。遠くを見る目で。
とても楽しんでいるようには思えない、茫洋とした表情で。
自分で得意だとも思わないらしく、笹内が聴いているのに気づくと、すぐにやめてしまうのだった。
「人に聴かせる歌ではないから」
言い訳をするように、そんなふうに、言っていた。
やさしき言の葉のみくれし
恋人の膝の上にぞ帰りたし
つひに叶はぬことばかり吾に語りし恋人ぞ
――では、誰に聴かせるための、と、
笹内は、野暮は言わない。
“やさしき言の葉のみくれし恋人”を、再び冥界に送り還したのは、他でもない笹内なのだから。
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