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半瞬後、香緒里は言った。この上なく冷ややかな、涙の余韻も枯れた面持ちで。
「そこで何していらっしゃるんですか。所長」
そのつれなさに、笹内も苦笑する。
「何してるも何も。君が一人で追って行ってしまうから」
「御心配には及びません」
「……心配は、別にしていないけれど」
笹内の言葉もろくに聞かず、香緒里は半身を起こしかける。その胸元からひらり、白い和紙が零れた。
彼女はそれを指先で拾い上げると、眉間にしわを寄せる。
「なら、どうして迎えなんて。帰り道ぐらい、わかるのに」
「少し時間がかかるな、と、思ってね。念のためだ」
「わたしはただ、お見送りに……。悪い霊じゃありませんでした」
「そうかな? 無銭飲食の現行犯だが」
笹内は、香緒里の横、すっかり溶け出してぐずぐずになってしまった、元ヒトガタを見遣った。
甲斐甲斐しい「見送り」のおかげか、怨念も形無く、朝日が昇ればすっかり何事もなかったように払われてしまうだろう。彼の最後の晩餐に、胃で消化しかけたおでんのかけらだけが確かな存在のあかしのように地面に跡を残すだろうが、早朝、犬の散歩で通りがかる人はそれを酔っ払いの吐き戻しとしか思うまい。
「……わたしのお給料から引いてください」
「随分と優しいね、香緒里ちゃんは。君の月給で、すべての飢える者に、施しを与えてくれたらどんなにか」
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