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「所長がボーナスを弾んでくださったら、あるいは」
彼女はしれっと言い放つと、立ち上がって、服についた砂埃を払う。
常通りの様子に、笹内はそっと、ポケットの懐紙入れから手を離した。顔には警戒の色など浮かべず、「小憎らしい」と香緒里の表現する、つつましい笑顔を浮かべてのける。
「儲けが少ないからね。無理だよ。副業でもする?」
「それこそ所長の人使いが荒いので、無理です。こんな深夜にまで労働させて」
「深夜手当、つけるよ、もちろん」
「……いいですけど、別に」
「朝ごはん、おごろうか?」
「いりません。帰りましょう」
黒い瞳。――温度のない目。現世のなにもかもに、既に興味を失った目。
彼女の望みは、一つしかない。
あれかしと幾度思へど甲斐はなし
吾が恋人は戻らずに
嘆くものかと思へどむなし
彼女の望みは、それしかない。
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