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夜道に群がる猫たち。
その数えるのも億劫になほどの数の猫たちの、更に倍の数の目玉が暗闇に煌めく。
その目玉が全て僕の方を向くようなことがあれば、きっと僕はおしまいなんだろう。
しかし今のところその様子はない。
猫は猫らしくただそこにいるだけだった。
ゆっくりとだけれど後退できている。
このまま猫の多いこの地帯を抜け出せれば、あとは一目散に家まで走っていけばいい。
あと少し。
あと少しで、この場から離脱できる。
だから焦るな。
焦って失敗してはいけない。
僕は慎重にゆっくりと足を動かして────
「にゃーーーーーん」
その鳴き声に、足を止めた。
今まで大人しくただそこにいるだけだった猫たちは、特に鳴き声を上げていなかった。
その静まり返った空間に響く一つの鳴き声。
それは確かに猫の鳴き声だったが、確かに猫が出すであろう声だっが、その声の持ち主は、うら若き乙女のように透き通った声の持ち主だった。
そう、まるで。
女の子が精巧に猫の鳴き真似をしたかのように。
「吾輩は、猫である。」
そして唐突に声がした。
人の言葉で語られる声。
しかしそれは、つい先ほどの鳴き声と同じ声。
「もう一度言おう。吾輩は、猫である。」
振り返りたくない。
振り返るべきではない。
しかし振り返ってしまう。
振り向かないわけにはいかない。
鈴を転がすような透き通った美しい少女の声。
そんな声が僕の背後、具体的に言えば背後の更に高い位置から聞こえた。
振り返ればそこには誰もいず、しかし少し首を上に向ければ、街灯の上に何かがいた。
あれは猫だ。人間だ。少女だ。
猫であり人間であり少女だ。
猫ではなく人間ではなく少女でもない。
あれはなんだ。
猫だと言われれば猫。
人間と言われれば人間。
街灯の上には凡そ人型のものが座っていた。
四つ足で座っていた。
着物を着た少女。
簡素ながらも煌びやかな着物をまるで遊郭にいる遊び女のごとく舐めやかにふしだらに着崩した少女だ。
しかしそれを少女とは断言できなかった。
何故ならば、その柔らかそうな長い栗毛の頭にはいわゆる猫耳のようなものが生えていたからだ。
そして何よりも、その少女の身の丈よりも長いであろう尻尾が二本、ゆらゆらと揺らめいていたからだ。
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