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しかし、そんな声は熟睡中の二人には届かない。
あまりに気持ちよさそうに眠っているので、自分の良心が僅かにかき乱される。兄も、妹も、普段は仕事で疲れているのだ。たまの休みくらいじっくり寝かせてあげても――。
休みなのに労働している俺のほうが偉い。
危ない、眠気と寒気で正常な判断を失っていた。
兄も妹も忙しいのか知らないが、俺だって普段は残業パラダイスだ。それなのに帰省してから掃除に買い物に一番振り回されている。昔からそうだ、後の二人の自由と引き換えに、なぜか、俺ばかり働かされている。
だいたい、だ。なんだこの破廉恥な光景は。こたつの中で体が交差している、つまり一方がもう一方の上に乗っている訳だ。妙齢の男女が。破廉恥だ。
そんなこじつけ甚だしい正義感を振りかざし、大げさな音を立てながら兄の顔の横に座る。しかしこの愚兄はアホ面を晒したまま目を覚ます気配すらない。よだれまで垂れてやがる。
そのふやけきった脳みそを冷え切った足先で蹴飛ばしてやるのも一つの手だが、別に好きこのんで大晦日に険悪なムードを作りたくはない。なんとかできないものか、と様子を改めて確認する。
コルコバードのキリスト像のごとく手を広げる兄。幼少期は3歳分年上の腕力でよくプロレス技をかけてきた腕だ。あの頃ほどの脅威はなくとも、右も左もガードされ、こちら側には足を突っ込む余裕がない。かといって妹の方もメデューサよろしく髪の毛が縦横無尽に散乱しており、兄を踏んづけるよりも大惨事になることが容易に想像できた。昔は喧嘩の度によくあの髪を引っ張ったりして泣かせていたが、ともあれ今この状況でわざわざ踏んづけに行くのは不毛というものだ。
じゃあ二人どちらかの足側か。足を横目にしつつ寝転ぶのは非常にしゃくだし不潔だが、ええい、この際だ、兄貴、失礼する――
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