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すると、ジャッキーの身体がぴくりと何かに反応した。
「ジャッキー?」
彼は顔を上げて、わたしの後ろを見ている。振り返ると、ボロを着た男がすぐ近くまでわたしににじり寄っていた。その身なりは明らかに宿泊施設の人のものではない。わたしの喉から、ひ、と引き攣った声が微かに漏れる。でもそれしか声は出なかった。男の眼はわたしが今まで見たことのないものだった。剥き出しの暴力が黒々と宿った瞳だ。男はジャッキーを見て、躊躇しているようだった。けれど、彼の足はまた一歩わたしに近づいた。
ばおーん、とジャッキーが吠えた。
その声が響いた途端、宿泊施設の方から何かが走って来た。黒犬のマークだ。まだ名前を知らない赤毛の犬たちも大きな足音を立て駆けてきた。彼らは獰猛に唸り声を上げ、男に突進していく。ジャッキーもその隊列に加わり、男を追い立てる。牙を剥き、唾を撒き散らし、ひたすらに威嚇し続ける。男は逃げきれずに犬たちに取り囲まれた。
「ご無事ですか!」
警備員が数人駆けつけて男を確保し、わたしに声をかける。
「ええ、ええ……平気です」
「それは良かった」
男は何処かへ連れていかれた。警備員たちはグッド、と言いながらジャッキーたちにおやつを与えている。
「あの、わたしにもやらせてもらえませんか」
そう声をかけると、警備員は快活に笑って首を横に振った。
「主人以外からは貰わないように躾けているので」
厳しい躾があるからこそ、ジャッキーたちはここで暮らせているのだ。それに気づいて、わたしは頷く。すると警備員は付け加えた。
「私たちの善良なる執事には、おやつの他にも好きなことがあります」
「何でしょう?」
「撫でてもらうことです」
わたしはおやつを齧っているジャッキーを撫でた。
「グッド、ジャッキー」
すると彼は大きなおやつを齧ったまま、ごろんとお腹を見せた。横着者め、とわたしは笑う。自分は薄情だ、と苦しんでいた気持ちが徐々に薄れていく。グッド、グッド。ジャッキーと、死んでしまったコロに言う。愛情を込めて、善良なる犬たちをわたしは褒め続けた。
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