私たちの、善良なる執事

7/11
前へ
/11ページ
次へ
 部屋に入ると、香の匂いが強くなった。ロビーで焚かれていたムスクの匂いとは少し違った、森の中にいるような香りだった。ベッドには色鮮やかな南国の花が散りばめられている。窓を開けると強い日差しが目を刺す。遠くから潮騒も聞こえてきた。それに混じってがらがらとトランクの車輪の音が近づいてくる。 「お、めっちゃリゾートだ!」  手続きを終えたあずさが歓声を上げながら部屋に入って来た。 「うわ、花のベッド? すごいね、あたしら新婚さんみたいじゃん」 「このお花、どうしたらいいかな」 「裁縫道具あるからお手製のレイにしちゃうとか」 「そんなことできるの?」 「できるんだなぁ、これが」  でもその前に荷解き、とあずさは鼻歌交じりにトランクを開け始める。コンセントのアンペアを確かめたり、トイレやお風呂がどうなっているのか確認する。トイレットペーパーはなく、お風呂はシャワーのみ。それもお湯が出るのは最初の約十分間だけだという。聞きしに勝る、とどちらからともなく呟いて、ふふっ、と二人で笑ってしまった。この宿泊場所に来るまでに「サービス」「便利」「衛生」という言葉は頭の辞書から綺麗さっぱり消えてしまっていた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加