私たちの、善良なる執事

8/11
前へ
/11ページ
次へ
 ベッドに腰かけてあずさがレイを作りだす。 「ありゃ。結構大変かも、これ」  意気揚々と始めたはいいけれど、すぐにあずさは手を止めた。どうやらレイを作るには針が短すぎるみたいだった。スマートフォンで検索してみると、やっぱり専用の長い針が必要らしい。 「じゃあ作戦変更かな」  そう言ってあずさは器用に安全ピンへ花を縫い留めていく。 「はい、お花のブローチ」 「すごいね、あずさ」 「ふふーん、本職だからね」  あずさの仕事は、少し変わっている。自分ひとりで起業して、刺繍屋さんをやっているのだ。刺繍、というと何だか昔の内職みたいなものを想像してしまうけれど、それともちょっと違う。自分でデザインした刺繍をあしらった洋服や鞄をネットショップに出品しているのだ。まるで絵画のように緻密で、大胆な花の刺繍が入ったワンピースは入荷してはすぐに売り切れるヒット商品になっている。でも彼女は自分をデザイナーとは呼ばなかった。そんなにすごいことできないし、と笑って、仕事の名刺には「刺繍屋」と入れている。  そんな彼女の仕事の性質上、回避できないのが肩凝り問題だった。我流に身体を動かしたりもしていたようだけれど、にっちもさっちもいかなくなって、彼女はヨガスタジオに通うようになり、ペア旅行券を当てたのだ。  なんだか、すごいんだよなぁ。  胸の内で感嘆する。自分の仕事が嫌という訳ではないけれど、自分にしかできない仕事を見つけて、実行しているあずさが遠くにいるような気がした。コロがいる時はあまり考えたことがなかった。家に帰ったらコロがいて、コロのご飯を買うために仕事をする。それくらいにしか、思っていなかった。 「海にでも散歩しに行く?」  わたしは頷いた。二人でお揃いの花のブローチをつけて、部屋を出ようとする。すぐにむにゅりと柔らかいものにぶつかった。足元を見ると、ジャッキーがいた。彼の尾は力いっぱい振られていた。「どこかへゆくのでしたら、ごあんないします」と息巻いているようだった。わたしたちは顔を見合わせて、彼に同行してもらうことにした。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加