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「本当にこの部屋ですか? 大家さん」
片瀬は、築40年以上になるその古いアパートの一室を見渡した。
『片づけ屋本舗』経営者、片瀬直哉34歳。
日焼けした顔、広い肩幅、厚い胸板。一見していかにも力仕事のできそうな印象の持ち主だ。
アパートの2階にあるその部屋はベランダもなく、唯一の窓も隣のビルの壁に遮られ、昼間だというのに薄暗かった。
染み入るように貧しさと寂しさを感じさせる空間だったが、片づけ屋を商売にしている片瀬には別段珍しいことではなかった。
ただそれよりも、そこが今までにないほど整理整頓された部屋であったことが、片瀬を驚かせた。
「男の一人暮らしとは思えないでしょう? きちんとした方でしたからねえ、亡くなった沢井さん。両親や年の離れたお姉さんもとうに亡くなってて、やっと連絡のついた義理のお兄さんは、必要ないから部屋の物は全部捨てちゃってくださいって言ってましたよ。沢井さんとは、ほとんど付き合いが無かったらしいですから、遺族って言われるのも迷惑なんでしょう。そんな感じでしたよ」
60歳前後のでっぷりと太ったこのアパートの大家の女は、顎に手をやりながら、とにかく早口でそう言いった。そして息継ぎも無いまま、続く。
「きっとあれですよ。ちゃんとした葬式もやらないと思いますよ。家族葬って建前にしてね。まったくね。亡くなった沢井さんも気の毒ですよ。身寄りがないってのは結局こういう事になるんですね」
普段からその口は休むことを知らないのだろうと、容易に想像できた。
このまま傍に居られてはずっと喋り続けられると思った片瀬は、「では、終わったら声をかけますので」と、やんわり自室に引き取って貰った。
階段を降りながらも大家の女は「本当になんもかんも捨てちゃってくださいよ」と付け加えた。
片瀬はただ苦笑して見送る。
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