65人が本棚に入れています
本棚に追加
なんてかわいらしいんだ。
まるで青春ドラマのようなその動きに稲葉はドキドキする。密かに憧れていたシーンだ。だが、顔に出すわけにはいかない。ここはあくまでクールに冷静に。
「どうかした?」
稲葉はこれ以上無いほど優しい声を出してみた。けれど握った掌が汗ばんで来るのを止められない。
彼女いない歴28年。
真面目に生きているはずなのに何故か『超面倒くさい』とか、『うざい』とか言われ、友だち止まりがオチだった。
確かに好きな漫画やアニメの話をし始めたら止まらない癖はあったが、皆楽しそうに聞いてくれる。何がいけないのか稲葉には分からない。
男女数人で遊びに行った帰り、じっと見つめられて『顔はいいのに残念よね』と言われた時には何と返せばいいのか分からなかった。
そんな自分にも、好意を寄せる女の子が現れたのかもしれない。
もちろん女子生徒と……などと、そんな不謹慎なことは考えたことも無い。
けれど、たまにはこんな可愛いハプニング、あってもいいじゃないかと思った。
黄昏時の柔らかい風が懐かしいような土の匂いを運んでくる。
その女の子は緊張した表情で稲葉をじっと見つめ、一歩近づいてきた。近い。かなり近い。思わず一歩下がりそうになるのをぐっと踏みとどまる稲葉。
小顔で小柄でとても可愛らしい女の子だった。
なんだかとてもいけない事をしているような気分になり、稲葉の全身がじわっと汗ばむ。
女の子の唇がゆっくり開いた。
「先生。稲葉先生……わたし、あの、せんせいのこと―――」
最初のコメントを投稿しよう!