8/8
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/84ページ
 この柳という男、かなりの変わり者のようだ。見た目は30代で、なかなかのイケメンだ。仕事の出来るかっこいいビジネスマンに見えなくもない。しかし、一筋縄ではいかない空気を醸し出している。この上司の下で、果たして自分はやっていけるのだろうか。春日井は不安に感じた。  ――それにしても、他の社員はどうしたのだろう? 「……あのぅ、他の社員さんはどちらに?」 「うん? ……いや、いないよ」  「えっ……」 「君と俺の2人だけだ。ははは……」  まさかとは思ったが、衝撃を受けた。この大企業で、2人だけの部署があるなんて……。いや、自分が来るまでは柳係長1人だったということか。春日井は絶望的な気持ちで、見えない救難信号を発信していた。 「それにしても、春日井さん。新入社員でいきなりここに配属とは……。新人研修で何かやらかしたのかい?」 「えっ、いや、別に……なにもやってませんけど?」 「……そうか、まぁ、ご愁傷様」  えっ……。私、ご愁傷様なんだ……。  春日井のため息は、ポンコツ空気清浄機のけたたましい吸気音でかき消されていた。アナログ式掛け時計の秒針が、凄まじい機械音を響かせて、絶望へのカウントダウンを刻む。時計の針ではまもなくお昼の時間だけど、見渡しても昼なのか夜なのかさっぱり分からない。暗い海の底を漂っているような気持ちになるが、とにもかくにも社会人としての長い航海がスタートしたのだった。
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!