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「……お、俺はもう終わりだ……。ちくしょう……こんなことで……。撤回しろ! で、でないと……。こいつが、おまえの部下が、ど、どうなってもいいのか!」  喉元に突きつけられた銀色の刃先が震えている。後ろからがっちり捕まれているので身動きもできない。逆上した犯人が人質を取って、ナイフで脅すシーンだ。刑事ドラマではお馴染みだが、残念なことにこれはフィクションではない。  ――ええそうです。ドラマでも映画でもありませんよ。だって……ナイフを突きつけられているのは私なんだもん! なんで? なんで、こんなことになってるの? 私、何かした?  絶体絶命の女性社員は、2ヶ月ほど前に入社したばかりの春日井綺夜音(かすがいしおん)だ。取り乱した営業所長の男が、背後から春日井の首に腕を回し、押さえつけている。手に持っているのは小さな果物ナイフだ。大ピンチの部下を目の前にしても、(やなぎ)係長はいつも通りの涼しい表情だった。  柳係長……。元はと言えば、あんたのせいでしょうが! 何とかしなさいよ! かわいい部下を見殺しにする気か! 何か言え! 「まぁ、落ち着いてくださいよ! ……弱ったな。中村所長、落ち着いてもう1回話しましょう! ねっ? ははは、お茶入れましょうか?」  ……ってなんだそりゃ? それで終わり? 部下が殺されそうなんですけど? 「……てめぇ、お、俺のことバカにしてんだろ! ちくしょう、バ、バカにしやがって……」  ――うんうん。そりゃあ、怒るよね。今のはカチンとくるわ。……って、どうすんのよ? 悪化してんじゃん! 柳係長! おい!  ああ、私はいったいどこで道を間違えたのでしょう? やっとの思いで採用された、憧れの1部上場企業。憧れのOL生活。憧れのオフィスラブ! まだ入社して2ヶ月ちょっとしか経っていないのに、それが、何がどうなったらこんなことになるのよ!
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