口を開けて待ってる

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口を開けて待ってる

季節で言えば冬、だけれどもこれは始まったばかりの冬。 吹き付ける風から逃げる様にポッケに手を入れると、中には行事で貰ったお菓子が入っていて不覚にも笑ってしまった。 これはエイミちゃんに貰ったものだろう。 「嗚呼、寒い。」 ハロウィンの騒がしさが通り過ぎてしまったからなのか今夜は一層寒く感じる。 急いで改札を抜けてプラットホームに出ると電車が行ってしまった後なのだろう、いつもは混んでいて騒々しいのにあたりは静まり返っていた。 それはそれは静かで耳がキーンとなりそうなくらいだった。 心細くなった僕は広いホームの中を歩き回っていた。 すると先頭車両近くのベンチに座っている人を見つけた。 その人は長い脚を組みながら本を読んでいてどこか物憂げな雰囲気を漂わせていた。 顔はメガネにマスクをしていて表情はよくわからなかったがそんな感じがした。 「(…読書してる人久しぶりに見たかも。あ、そういえば鈴木さんに本を貸してもらったんだったけ。)」 電車がくるまで10分はある。 あの男性が座っているベンチの隣のベンチに座って僕も読書をすることにした。 10分間読書なんて高校ぶりじゃないだろうか…なんだか本の重みでさえ懐かしいな。 「(本1つで色々思い出すあたり年取ったなあ…。)」 読み始めてから5分くらいたった時に異変を感じた。 さっきから誰かに見られているような気がしてならないのだ。 視圧の方向に目を向けるとあの男性が僕を見ていたのだ。 そして目が合ってしまった。 気まずさを感じたので本を閉じて席を立とうとしたら不意に腕を掴まれてびくりとする。 「な、なにするんですか!」 思わず上ずった声が出るも周りには僕とその人しかいなかった。 恐怖で顔を向けることができなくて、逃げようにも腕を掴まれてしまってできないという状態だ。 こういう時、こういう時はどうすればいいんだった? 患者の容体急変には応急処置ができるのになんてざまだろう。 だが次の瞬間、混乱している頭に懐かしい声がこだまする。 「………あのさ、凪咲だよな?」 低い、でも優しい声だった。 全身黒スーツに先端のとがった革靴を履いている男からは想像できないくらいのものだった。 そしてもう1つ分かったことがある。 それは僕がこの人を知っているということだ。 捕まれた箇所だけが熱を帯びていくのも少しずつだけどわかる。
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