幻の駅

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 そんな安堵を覚えつつ列車に乗り込んだのだが、ふと、ホームにはまだ長い列ができたままだということに気がついた。  こんなに大勢の人がいるのに、列車に乗る者が誰もいない。  俺以外、全員他の列車に乗るのだろうか。だとしても、この路線は乗り換えのある五つ目の駅まで単一線だから、同じ目的地へ向かう鈍行しか走っていない筈だ。  どうし周りがこの列車に乗らないのか。まったく理由が判らないが、わざわざ外の人にあれこれ聞くのも憚られ、俺は列車の出発を待った。  扉が閉まり、ゆるゆると列車が走り始める。それと同時に、窓外の人達が動き始めた。  帽子を脱ぐ人、上着を脱ぐ人、マスクを取る人もいれば周りと話し出す人もいる。…いや、その姿を『人』と呼んでいいものがどうか。  駅にいた大勢の乗客達はどう見ても『人間』の姿をしていなかった。  総ての光景が流れる去る景色の彼方のものとなる。そしてすぐに俺の視界に映るのは、見慣れた車窓からの景色になった。  この件があった次の休みの日、俺は念のため最寄駅から四つ目の駅に降りてみたが、休日だから人の流れが違うという理由ではなく、そこがあの日降りた駅と違うことをすぐに理解した。  あれからもずっと俺は同じ電車で会社に通っているが、どんなに寝惚けていても、もう二度とあの駅に降りることはない。  あの朝降りた駅は、いったいどこの駅だったのか。構内にいたあのたくさんの乗客達は何ものだったのか。  いまだにその正体を知ることはできないまま、俺はたとえ車内で居眠りをしていても、四番目の駅に着くと目覚めてしまう意識で、車内から、駅や彼らの正体が判るものがないかの確認をしてしまう。 幻の駅…完
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