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幻の駅
電車通勤をしているのだが、住んでいる土地が田舎で各駅停車の鈍行しかない。
乗り込むのが始発駅なので、好き勝手な席に座り、五つ目の駅で降りて別の路線に乗り換える。これを毎日繰り返しているせいか、車内で眠っていても停車の際の揺れ方で、目的駅で確実に起き、降りられるようになった。
あの日も、数日続く残業の疲れが出て、席に座りなり眠り込み、目を覚ましたのは体が覚えた五つ目の停車の振動でだった。
あくびをしながら列車を下り、改札へと向かう。けれどいつもならばパスカードで通れる改札に、何故かあの日は引っかかった。
駅員が来て俺のカードを確認する。その直後に、
「お客さん。降りる駅を間違えてますよ。じきに次の列車がきますから、そちらに乗って下さい」
そう言われ、俺は首を傾げた。
確かにいつも通り、五回目の停車の振動で目が覚めた。なのに後発の列車に乗って次へ行けということは、どうやら俺は四つ目の駅で目を覚ましたということになる。
これまでにそんなことは一度もなかったのに、よほど疲れていたのだろうか。
まだ眠気の残る意識を覚まそうと、目についた自動販売機でコーヒーを買おうとした時、俺は辺りの違和感に気がついた。
通勤・通学の時間だから大勢の人がいるのは当然だが、利用としてる人達の雰囲気が他の駅とあからさまに違うのだ。
夏だというのに、皆、肌の露出がまるでない服を着ているし、目につく限り、誰もが深々と帽子をかぶっている。この季節なのに顔のほとんどを覆うようなマスクをしている人も目立つし、何より誰もしゃべる人がいない。
何とも重々しい空気に、俺はコーヒーを買うことも止めてそそくさと列車待ちの列に並んだ。
比喩でなく、本当に『音もなく』列車がホームに滑り込んでくる。
時間的にはたいしたロスではないから、会社に遅刻することはないだろう。
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