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老人もこちらの様子を伺っているようだった。
やっと出会えた人間だったが、私は手放しで喜ぶことはできなかった。
もしかしたら。
もしかしたら、私の身に起こったであろう何らかのトラブルに、深く関わっている人物である可能性はないだろうか。
例えば、私がこの地に踏み入れることをよく思っていない、ここを拠点とする少数部族、だったりという可能性...。ゼロではないだろう。
しめ縄を巻くぐらいだ、このリュウケツジュモドキを神聖視しているのだろう。
自分たちが神のように崇めているものを無作法にも調査しようとする輩がいたとしたら、的対視し、排除しようとするのではないだろうか。
あまり疑心暗鬼になるのは良くないが、この状況ではしかたがなかった。
なにせ自分が何をしていたのか記憶がないのだ。
現地民を怒らせるようなことをしていた可能性は大いにあるのだ。
恐る恐る歩みを進め、老人にとの距離を縮めて行った。
近くにつれて、その姿をはっきりと確認することができた。
肌は若干浅黒く、中東アジア系の顔立ちをしている。
しかし、どことなく日本の雰囲気もあり、懐かしさを覚える。
不思議な感覚だ。
私は老人の10メートルほど手前に立ち、声をかけた。
「E...Excuse me?」
すると、老人は不意ににやり、と笑い、立ち上がった。
そしてこちらへ近づいてくる。
その間、言葉は一切発さなかった。
私はさっとその場で身構え、じりじりと後退する。
その様子を見た老人は立ち止まり、今度は満面の笑みをこちらに向けて言った。
「ほっほ、旅人さんよ。そんなに警戒しなくてよいよ。
随分とお疲れのようじゃが、あなたが運の良い旅人さんでよかった。
ラシェーカの光を辿ってきたんでしょう。
もう安心していいですよ。宵逢わせの森は抜けました。」
私は驚いた。
何故ならば、老人の口から出たそれは、紛れもなく日本語だったからである。
純度100%の日本語。
生まれたときからずっと使っているような、混じりっけのない標準語。
その瞬間、全身の力は抜け、その場に倒れこむ。
老人の言葉が頭の中でぐるぐると渦巻く。
その老人に敵意がないことだけは伝わったが、他は何も理解することはできなかった。
ラシェーカの光?
宵逢わせの森?
それはいったい...。
そして、目の前は暗闇に包まれ、意識は混濁の中へと落ちていった。
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