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私は暗闇の中を彷徨っていた。
何も見えない。
下の方に目線を落として見ても、自分の体さえ見えない。
もはや暗闇の中にいるのか、目が見えていないのかわからない。
そんな深い闇の中を、途方もない時間彷徨っていた。
「...。」
不意に声が聞こえた。
懐かしい声だ...。
「...沙華。
おい、沙華。起きろ。」
今度は声と共に、大きな手が私の肩に触れた。
体を揺さぶっている。
その揺れで、はっ、として振り向くと、そこは私の研究室だった。
私の肩を揺らすのは、同フロアで動物遺伝子学の研究をしている、同僚の加賀美木犀だった。
「沙華、なにぼーっとしてるんだよ。」
「あ、悪い、ちょっと考え事しちまって、ははは。」
とっさに嘘をついた。
正直まだ頭がぼーっとしていたのだが、何故だかはよくわからなかった。
私は研究室にいたんだっけ...?
別のところにいた気がしたのだが、もっとこう、暗くて、不安で、何も考えられなくなるような場所に...。
悪い夢を見た後のような漠然とした感覚だけが、頭に残っていた。
「まぁ、別に良いけどさ。お前に来客だ。御堂っていう綺麗なお姉様が上の小会議室で待ってるぞ。」
「俺に?御堂?誰だ。」
「なんだ、知り合いじゃないのか?相手は沙華のことよく知ってたぜ。
ま、とにかく行ってこいよ。どうせお前の研究のことについてだろうよ。」
「ああ...。なるほどな。
じゃぁ、ま、行ってくるよ。」
私は木犀の後ろの扉を開き、上の階の小会議室へ向かった。
突然の来客は、稀にやってくる。
どこからリークしたのかわからないが、皆揃って私の研究に興味があると言った。
まだどこにも公表してはいないはずなのだが...。
あまり疑いたくはないが、研究室の学生が発信源という可能性もゼロではない。
こればっかりは、自分がいくら気をつけていようとどうしようもない。
小会議室の扉の前に立ち、ふぅっ、と一呼吸いれてから、ノックをして扉を開いた。
「失礼します。」
会議室は狭く、部屋の中央に長机が二つ、対面式に並んでいるだけだった。
ホワイドボードくらいあってもいいものだと思うが...。
奥の長机には、こちら側を見るようにして、若い女性が一人座っていた。
そして。
想像していたよりもずっと若いその女性は、言った。
「沙華さん。私をお忘れですか?」
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