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次の料理に箸を伸ばした時、手が止まった。
つかもうとしたムース状の料理を、私は見たことが無かったからだ。
決して、見知らぬ料理に抵抗を覚えたからではない。
どう食べるのが正解なのかわからなかったからだ。
「シーバさん、これ、何ですか?このまま食べていいんですか?」
「ほっほっほ、そうかそうか、始めてか。これはマシュートと言ってな、この地域の伝統料理じゃよ。普通は芋をムースにしたものを指すんじゃが、今回はそれにエブラの要素も加えておる。今まで通り、そのままがぶっと食べて見なされ。」
私は言われるがままに(多少、恐る恐ると)、口へ運んだ。
美味い。
非常に美味い。
ムースの中に、コマ切れのエブラ肉が隠されていた。
しかも肉は、とろとろとしたものと、しっかりしたものの二種類が混ぜてあるようだった。
ふわふわのムースの中から二種類の肉が現れる。
一度に三種の食感と味が楽しめる。
フランス料理のフルコースに出てきても、なんら不思議ではない。
この朝食の中で、最も上品な味わいだった。
こんな美味しいものが伝統料理でよく食べるなんて、羨ましい限りではないか。
ふと、このままこの街に骨を埋めるのもありではないか?という考えが浮かんだ。
しかし、すぐに思い直す。
とんでもない奇妙奇天烈な事態に見舞われているとは言え、考えることをやめてはいけない。状況に甘んじて、逃げてはいけない。
この街に骨を埋めるのは、全て思い出してからでも遅くはない。
この一連の考えを巡った後、頭の奥底に眠らせ、今一度料理の前に戻ってきた。
「どうじゃ?美味いじゃろう、ほっほっほ。」
「ええ!どれも、本当に美味しいです!」
机の上に、まだ杏仁豆腐が残っている事に気がついた。
話しながらも、それにゆっくりと手を伸ばす。
「デザートまで作れてしまうなんて、ほんと感動しましたよ。」
「デザート?ほっほっほ!」
何故かシーバは、顔を真っ赤にして、今度は大笑いした。
なんのことやらわからずたじろいでいると、シーバは口を開いた。
「すまんの、それは杏仁豆腐ではない。『煮こごり』じゃ。」
私が杏仁豆腐と勘違いしていたことまで見抜かれたようだ。
デザートではなかったことは少し残念だったが、煮こごりも美味しかったので、とりあえずは良しとした。
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