3.食欲の誘惑

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次の料理に箸を伸ばした時、手が止まった。 つかもうとしたムース状の料理を、私は見たことが無かったからだ。 決して、見知らぬ料理に抵抗を覚えたからではない。 どう食べるのが正解なのかわからなかったからだ。 「シーバさん、これ、何ですか?このまま食べていいんですか?」 「ほっほっほ、そうかそうか、始めてか。これはマシュートと言ってな、この地域の伝統料理じゃよ。普通は芋をムースにしたものを指すんじゃが、今回はそれにエブラの要素も加えておる。今まで通り、そのままがぶっと食べて見なされ。」 私は言われるがままに(多少、恐る恐ると)、口へ運んだ。 美味い。 非常に美味い。 ムースの中に、コマ切れのエブラ肉が隠されていた。 しかも肉は、とろとろとしたものと、しっかりしたものの二種類が混ぜてあるようだった。 ふわふわのムースの中から二種類の肉が現れる。 一度に三種の食感と味が楽しめる。 フランス料理のフルコースに出てきても、なんら不思議ではない。 この朝食の中で、最も上品な味わいだった。 こんな美味しいものが伝統料理でよく食べるなんて、羨ましい限りではないか。 ふと、このままこの街に骨を埋めるのもありではないか?という考えが浮かんだ。 しかし、すぐに思い直す。 とんでもない奇妙奇天烈な事態に見舞われているとは言え、考えることをやめてはいけない。状況に甘んじて、逃げてはいけない。 この街に骨を埋めるのは、全て思い出してからでも遅くはない。 この一連の考えを巡った後、頭の奥底に眠らせ、今一度料理の前に戻ってきた。 「どうじゃ?美味いじゃろう、ほっほっほ。」 「ええ!どれも、本当に美味しいです!」 机の上に、まだ杏仁豆腐が残っている事に気がついた。 話しながらも、それにゆっくりと手を伸ばす。 「デザートまで作れてしまうなんて、ほんと感動しましたよ。」 「デザート?ほっほっほ!」 何故かシーバは、顔を真っ赤にして、今度は大笑いした。 なんのことやらわからずたじろいでいると、シーバは口を開いた。 「すまんの、それは杏仁豆腐ではない。『煮こごり』じゃ。」 私が杏仁豆腐と勘違いしていたことまで見抜かれたようだ。 デザートではなかったことは少し残念だったが、煮こごりも美味しかったので、とりあえずは良しとした。
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