2.ラシェーカの光

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「こんな下にまで熊は下ってくるものなのか...。」 天ヶ原は熊の姿が見えなくなるまで、その背中をずっと見つめていた。 その目には、恐怖というよりも哀愁のようなものが灯っていた。 近年の土地開発における過剰な森林伐採などで、森の生態系が随分と崩れていまっていた。 野生動物たちは住処を奪われ、ついには人里に降りてくるまでになってしまう。 動物学者に成り立てだったあの頃は、生き物というよりも、それらを取り巻く環境のことばかり考えていた。 「・・・と、今はそれどころではないな。」 自分で口に出して、笑ってしまった。 こんな状況でよく昔の記憶に思いを馳せられるものだ。 今はそんな現実逃避などではなく、現在をしっかりと見なければいけないのだ。 こんな不可解なところで。 所在もわからない。生えている植物もなんだかわからない。 そもそもなぜこんなところで満身創痍で自分が横たわっているかもわからない。 たとえ、あのリュウケツジュモドキに好奇心を膨らませていても まずは自分の体を心配しなければいけない状況なのだ。 思い切って、両腕を空に向かって大きく振り上げた。 そうでもしないと、痛みに負けて動かせそうもなかったからだ。 「・・・・・!!!」 信じられないほどの痛みが両腕を襲う。 骨と肉が分離して、骨だけが振り上げられたのではないかと疑うほどだ。 しかしそれは比喩的表現であり、両腕は分離することなく、きちんと腕の形状を保っている。 「ふっ...!!」 「...はぁ。」 思わず声が漏れる。 過度な痛みはその部位を超え、胃にまで到達する。 胃に到達した痛みは、下からえぐるようにこんどは喉元にこみ上げてくる。 過去に何度か体験したことはあるが、慣れるようなものではない。 正直つらい。 「腕動かしただけでこれか...はは、先が思いやられる...。」 愚痴をこぼしながらも、痛む両腕で頭から顔にかけて撫でおろした。 不思議なことに、出血は全く持ってなかった。 それまで気がつかなかったが、両腕にも出血してる箇所はひとつも無かった。 これだけの痛みがあるならば、全身傷だらけ血だらけかと思っていたが、そうでは無かった。 全身を確認してみようと、両腕を使い上半身を起こしてみた。 体の状態に気が集中していて、痛みというものを忘れていた。 そのおかげか、すんなりと起き上がることができた。
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