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少年を送り届けた日から一か月。
すっかり体調の戻った少年はというと――度々病院に訪れている。
病院は子供の遊び場ではないのだが、体育の授業でねん挫をしただのつき指をしただのと、何かしら怪我を負い通院してくるのだ。
母子家庭である少年は助成制度をつかい、大人さながらの行動をみせる。
それはひとえに蒼生の顔が見たいから、ほんの少しでも話がしたいから、という健気な想いが彼をつき動かすのだ。
だが蒼生は小児科だ。つき指をすれば整形外科にかからねばならず、よって治療を終え外用薬を処方してもらうまでの寸刻を狙い、目当ての研修医がいる場に急ぐ。
「蒼生先生。また風城くんが来ていますよ」
「はい。わかりました」
看護師の呼びかけに返事をした蒼生は、デスクから立つと診察室から廊下へと出る。
医師のサポートをする研修医は蒼生を含めふたり。混雑していれば無理だが今は患者数も穏やかで、少しのあいだであれば蒼生が抜けても問題はなかった。
というのも、医師や看護師のあいだである噂が流れているからで、少年が蒼生を訪ねれば笑顔で送り出す――そんな暗黙の了解ができあがっていた。
それはどのような噂か。
たとえば『少年が美人研修医に恋をした』だったり、『少年を骨抜きにした官能的研修医』に加え、『少年よ更なる大志を抱け』といったもの。
特に女性内で広まりつつあるのは、『少年の恋を応援しよう同盟』という結託だ。
蒼生が席を外しても誰も注意はしない。ひとたび少年の邪魔をしようものなら、女医や女性看護師から目をつけられる。男性医師にとって、それは本望ではなかった。
今日も少年は廊下のベンチに座り、そのとなりに座る蒼生の様子をそっと盗み見て、あちらこちらからため息が聞こえたのは言うまでもない。
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