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女の子にモテる。いつかは彼も誰かのものとなって、蒼生の許を去ってゆく。そうすればもう、こんな時間を共有することも、一緒に食事をすることもなくなるのだ。
分かっている。それがふつうなのだ。
けれども納得しきれない何か、胸にさす昏い感情の奔流にのまれそうになった蒼生は、そんな日が来なければいいと願ってしまう。
風城の頬に手を伸ばす。
そっと指に触れた彼は温かく、自身をつたい心のなかへと溶けていった。
「どうしたのかな僕。そんなこと思っちゃいけないのに」
「何を思うんだ」
ぽそりとつぶやいた言霊が、眠りにつく豹のまぶたをひらかせた。頬にあてた蒼生の手を透かさず大きな手が包み込むと、ゆっくりと逞しい体躯が持ち上がった。
まさか起きていたとは思わず、しかもこっそりと触れた手を取られ、驚きに蒼生の身体は跳ね上がる。どきどきと打ちつける心臓は性急で、よもや取り乱してしまいそうだ。
それをどうにか抑え込むと、思いつくかぎりを口にした。
「あっ、ひ、ひとり言だよ。そうだ、夕飯の仕度できたよ。成藍くんのリクエストしたハヤシライス」
「……ああ」
「じゃ、じゃあ僕、先にいって温め直してくるね」
彼の手から逃れると、平素をよそおい立ち上がった。けれど―――
「あっ」
「少しだけ――このままでいさせてくれ、お願いだ」
離れてゆく手をふたたび掴んだ風城は、自身へと引きよせ蒼生を胸のなかにとじ込める。まるで体格の違うふたつの器は、もともと添うように創られたかのように収まった。
いつのまに、こんなにも大きくなったのか。僕の身体を包み込むほどに成長して。
風城に抱きしめられながら、蒼生は時間の流れを再確認するとともに、なぜかほっとしている自分を発見する。それは欠けた心を補うかのよう、最後のパーツがはまった瞬間だった。
「じゃあ少しだけね」
「ああ」
背中に感じる風城の鼓動が心地いい。彼の腕のなかに収まる蒼生は、世界のあらゆるものに守られているかのような安心感を覚え、それと同時に甘やかな安らぎを味わうのだった。
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