Karte.1 幼い心の純情と研修医

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 〇 〇 「さあ成藍くん。僕の質問に答えて」  車のなか。少年の家に向け走行中の蒼生が、助手席に座る少年に静かな声音でそう訊ねる。いつも子供にはワントーン高い声で接する蒼生も、今ばかりはそうもいかない。 「……」  とはいえ固く閉ざされた少年の口は、そう簡単にひらきそうもない。  蒼生が少年の母親に連絡を取ると、途端に受話口から狼狽(うろた)えるような声が聴こえ、ややもすれば取り乱して収拾がつかなくなる。  そこで蒼生は責任をもって少年を送り届けると伝え、母親には家で待機して欲しいと言い通話を終えた。夜道を慌てて飛び出し、事故でも起こされては敵わない。  いくら子供とはいえ、ひとりの患者と深く関わるのはよくないと思うも、母親は車の運転ができずしかも少年には父親がいない。  今回は仕方がないと自身に言いきかせ、少年の家に向け車を走らせている次第だ。 「言いたくない? だったらね、どうして成藍くんは更衣室になどいたの。あの一帯は部外者立ち入り禁止で、勝手に入って来れないはずだよ?」  運転中につき視線を少年に向けるわけにいかない。けれど頬を撫でる感覚は、少年が蒼生に向け視線を送っていると理解できた。  それはとても頼りなげで、頑なな少年の心が揺れていると取れる。もうひと押し言葉を送れば、少年は口を割ると確信した蒼生。  よしと話を振ろうとしたところで、少年は重い口をひらき訥々と話し始める。
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