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Karte.2 十年の時を超えた想い
〇
「千隼先生、お疲れ様でした。お先に失礼致します」
「はい、お疲れさま。気をつけて帰ってね。また明日もよろしく」
本日の診察も終わり、最後まで残り片づけを手伝ってくれていた看護師も帰り支度を済ませると、蒼生に挨拶をして去っていった。
「さあ、僕も帰るかな」
白衣を脱ぎコートハンガーにかけると、軽く首をまわしストレッチをしながらひとりごちる。
彼が春日部総合病院で臨床研修医として働いていたのは九年まえ。
すべてのプログラムを二年で終えると、目標であった実家の”蒼生小児科クリニック”に戻り、晴れて父と名を連ねることができた。
互いがライバルであった同期の研修医たちも、やはり二年も顔をつき合わせていると情が移るのか、蒼生が職場を去る日は多くの医師や看護師とともに名残を惜しんだ。
だが一番に名残を惜しんだのは指導医である木在だ。彼は卒業する蒼生の指導医ではなくなり、それまでの接点がなくなったことに少なからず焦る。
けれどもそれで諦めるような玉ではなく、むしろ一念発起とばかりに蒼生籠絡作戦に躍り出た。
同じ小児科医としてフィールドに立てたと、これからは肩を並べてつき合っていこうではないかとそれらしいことをならべ、疑うという思考の欠如した蒼生に今後のつき合いも了承させた。
とはいえ恋の駆け引きなど一般的な感情も欠如した蒼生だ。
執拗なまでに食事や映画ショッピング、果ては温泉旅行にまで誘われても尚、恋に無自覚な強者は色いい返事を示さない。
焦れた木在はそれならばと、蒼生が暮らすマンションに押しかけるという強硬手段に出るも、今度は蒼生のガーディアンである少年”風城 成藍”の妨害に遭い、これまで欲望の成就とはならなかったのだ。
けれど蛇のように執念深い木在のこと。敗北など認めるはずもない。
必ずや風城の目を盗み隙をつくと、艶めかしい蒼生の体躯を我がものとして喰らおうと、闘志を燃やし決意を新たにするのであった。
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