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私は頷いた。 そういう理由なのだろうな、と見当はつけていたのだ。 今はいないようだけれど、この広い場所では、毎年凧揚げなんかもされてるだろうし。 …そう。正月なんだから。 「それでも」 私はやはり1テンポ置いてから、切り出す。 「お年玉として貰った金額と、ここで売られている値段が、ぴったり一万円って重なっているのにも惹かれたんです」 「けっ、そんなことかよ」 男は心底侮蔑するようにこっちを見た。 しかし、私は引き下がらずに、「それだけじゃないんです」と言葉を続けた。 「ひょっと何の意味があるわけでもないのに今日ここへ来て、あなたに会いました。それにあなたは『十分後には切り上げて出て行こうかなあ』って言ってました。ギリギリだったんです。そこに、運命を感じたんです」 「……んなこと、嘘に決まってんだろ。焦らすために言っただけさ。ダメ元だったんだがな」 男は今度、憐れむような目をした。 それさえも振り払うように、私はまだ畳み掛ける。 「最後、最後に、です。私は、あなたの売っているモノに興味を抱いたんです。例えばそれが『勝手に動いていく人形』なんてケッタイな物体であったのならば、私は全く買おうとしなかったでしょう。しかしながら、あなたが売っている、その商品文句を見た途端、どうしても買いたくなったんです。衝動が、電気のように流れ走ったんです」 最早何ともならないことは分かっていた。全ての言葉は不要であると知っている上で、彼に言ったのだ。 「ふぅん。これ、そんなに魅力的だったのか?」 その男は顔をしかめながら、ポンポンと段ボールを叩く。そこには『あなたを売ります。あなたの分身、一万円』とあった。 「そう、そうです。とても現実的ではなくて、それが逆に私の心を捕らえたのかもしれません。……買えないということも想像がつきました。あなたが嘘つきなのも、知ってました。けれど、私の体はそれを目にした途端に疼いて仕方なかったのです。だから、もう後悔はしません。その一万円は、あなたにあげましょう。………ようやく私の頭も落ち着いて来たようですし」 私は深呼吸すると、男と同じように荒々しく座り込んだ。 どっかりと腰を据え、ツンとしてしまった私を見て、彼はまた笑う。 「へへ。おかしなことを言うねえ。不思議な野郎だよ、てめぇは」
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