第1章 私を本気にさせた悲しい出来事

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出たっ ク、ク、クーポン女だ。また、いちゃもんつけて500円クーポン使う気だな。 三週間前だ。 無理難題をこねくり回すクーポン女に怒り心頭だった愛だが、駆けつけて来た課長があっさり白旗を上げた。ほくそ笑んだクーポン女の顔を今、はっきり思い出した。 コイツだ。コヤツだ。 口を一文字に結んで、カウンターにおいた手をギュッと力強く握りしめたので、 手の下にあったシフト表がくしゃっと破れた。 小刻みに震える握りしめた右手を左手で押さえた。落ち着け、やばい、冷静に、怒れば負けだ。 「フゥー」 一息吐いて、サービス係りの顔に戻して 「お客様、そちらのクーポンですが……」 と、言いかけた時、 「ひつこいオバハンやな。さっき男の子が使えへんて言うてたやろ。あかんで」 愛が渾身の 力で絞り出した丁寧な応酬話法は、男性客のガサツな大声でかき消された。
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