第1章 私を本気にさせた悲しい出来事

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「なんや、警察言うたら、逃げよったな。面倒なおばはんやったな」 男性客はクーポン女の後ろ姿を苦々しく見ながら呟いた。 「大変やったな。ねぇちゃん。ええーーー」 振り向いて男性客は驚いた。愛は直角に頭を下げていた。 「どないした。やめんかい」 頭を上げて真剣な眼差しで愛は 「お客様、申し訳ございませんでした」 「何が、何で、どうした、WHYやで」 「はじめお客様に対しまして、失礼な事を……お客様は正しい事をおっしゃっているのに、怒鳴りまして……」 しどろもどろになりながら、愛は後悔を口にしていた。 思ったことが直ぐに口に出てしまう。 脳みそと口が直通通路で繋がってるんじゃないかと思うぐらい反応が良い。 特に自分以外の誰かが困ったり、理不尽な目にあうと、怒りが最速で通路を渡ってくる 状況判断、利害関係、穏便、悪い意味の忖度、は愛の辞書にはない。 直球な性格は度々愛に災いをもたらす。 自分でも何とかしたいが、日本一の脳外科医でもこの直通通路に赤信号をつけることは出来ないだろう。 「いやぁ、ババァて言うたのは、ほんま悪かったわ。言い過ぎやな。ねぇちゃんは何も謝ることないで。悪いのはわしやし。怒鳴ってすまんかったな。sorryやで」 男性客は帽子を取って頭を下げた。 「とんでもございません」 愛は再び頭を下げた。 帽子をかぶりなおして、笑いながら男性客は 「そや、わしこれ買いに来たんや。ここでレジしてもらえるかな」 カゴを上げて愛に見せた。 「はい、出来ます。お預かりします」 カウンターにのせたカゴの中身は、北海道ビスケット。しるこサンド味。だけが入っていた。しかも、20袋。 「あっわしちゃうで。嫁はんが好きなんよ。1日で一袋は食いよる。ここしかこれ売ってへんから、いつもまとめて買うんや」 あったかい気持ちなって思わず愛のほおが緩んだ。 「お優しいですね。いつもありがとうございます」 男性客は 恥ずかしそうに、しるこサンドでパンパンに膨れた買い物袋を手に 「ねぇちゃん、がんばりや。ありがとう。サンキューやで」 とびきりの笑顔で愛に手を振り店内に消えていった。 愛は笑顔で、男性客の後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた。
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