第1章 私を本気にさせた悲しい出来事

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2018年 2月10日 土曜日 午後5時 大型ショッピングモールHIKARI 食品レジ 「いらっしゃいませ、こんにちは」 ピッピッピッピ、やや高めに規則正しい電子音が鳴り響く合間に、 「袋はお持ちですか、じゃがいも3個108円、260円、348円、冷凍食品はドライアイスご利用ですか、卵はお一人様1パックなんです、すみません、あと2パックお取り消しいたします。248円……」 土曜日夕方の食品レジ周囲は買い物客で長蛇の列が出来ている。とにかく早くお客を裁くことが本日の最大任務。レジ係は無表情で修行僧のごとく無の境地で淡々と念仏、いや応酬話法を連呼している。 「ピンポーン」 玄関のインターフォンのような音が、2人制でレジ応援に入っている木原 愛の手を止めさせた。 「ごめん、ちょっと行ってくるわ」 カゴの商品を流し終えるとレジを離れて柱に掲げてある電光板の数字に目をやった。 「5番」 小走りに5番レジに向かう愛。 「お待たせしました」 お客さんに頭を丁寧に下げようとするやいなや 「ちょっとどういうことよ」 お客の怒号が愛の頭上にずっしり重くのしかかった。いきなりダメージを受けたがこんなことで心が折れていればサービス係は務まらない。 ここでの注意点は決して満面の笑顔で顔を上げてはならない。お客さんの怒りを増長させてしまう。 しかし、 流行りの困り顔なんてゆるい表情では、可愛い、守ってあげたくなると、おバカな男ウケするぐらいで、怒りに燃えるベテラン買い物客の相手なんて出来ない。 ここでは、財布を落とした。給料全部銀行でおろしたばかりなのに。クレジットカードはもちろん、保険証、免許証も入れてたんだぁ。あーーーやってもうたぁ。ぐらいの深刻顔で顔を上げるのが正解。 「お客様、どうされましたか」 声のトーンもやや低く、深刻度を上昇させないといけない。 「いやぁあのね。おかしいでしょ」 若干怒るレベルが下がっていると安心するのも束の間、 「何やってんだー、早くしろよ、金払って早くどけよババァ」 後ろのお客からの怒り爆弾が見事ベテラン買い物客に命中した。
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