慎重な男

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外階段の踊り場から空中へと伸びる鉄骨に立つ主人公。 閉じていた目をゆっくり開ける。 「こんなの、慎重派の僕の趣味じゃない。だけど、仕方がないんだ」 鉄骨の先、うずくまる仔猫の後ろ姿。 固まって動かないが、鳴き声だけはよく聞こえる。 「僕、犬派なんだけど」 「ミャオゥ……」 「ま、しょうがないか。慎重派だし」 鉄骨を歩く主人公。汗をかく。遠い地上の景色が目に入って、足を滑らせそうになる。 「あっ!」 思い出がフラッシュする。 中学校の教室。いじめられる光景。 手が宙を掻くが、動きを止める。 このまま落ちてもいいかもしれない。助けなんかない。 ぐらり、と体が傾ぐ。 やっぱり怖い! 強く眼をつぶる主人公。 「大丈夫ですか」 女性の声だ。驚いて左右を見るが誰もいない。 「あっ、あの」 「よろしければ、手をお引きします」 手が、何も見えないのに温かくなる。 助けてくれる人がいた。 再び歩き、無事に仔猫を抱く。 「お疲れさまでした」 声が終了を告げると、そこは室内だ。 VRの機材を取り外してもらう主人公。 本当は、ビルから飛び降りようかと思った。そうすれば楽になるかと思ったのだ。 だけど僕は慎重派だから。 実行する前にVRゲームで体験したのだ。屋上の高さを。 考えたよりも高く、怖く、差し伸べられた手は温かかった。 「よく頑張ったね」 声の女性はスタッフだ。手をキュッと握られる。 ゲームの中で仔猫は、板にファーを貼りつけたおもちゃだ。 「はは……偽物か」 「本物だと危ないから。私んちの猫なら暴れちゃう」 女性は笑う。声の印象より若い。 笑顔にみとれる主人公。 一年後、高校に進学した主人公は、アルバイトしていた女性と出会う。同じ高校の先輩になったのだ。 主人公は、慎重派と犬派を捨てて声をかける。 「猫、見に行ってもいいですか」 主人公を覚えていた女性の笑顔で終了。
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